2011. 7. 15 Friday
≪「ミセス・ワタナベ」がそんなに怖いのか・・・政府・日銀?≫
「円高進行を懸念する声が政府当局者の間で強まっているものの、日本の個人投資家によるドル保有量が記録的な高さに達している状況が政府の為替介入への障害となっていると、市場アナリストらは見ている。」
・・・これって何か変だと思いませんか・・・。
これは、ウォール・ストリート・ジャーナル(日本語版)に、本日付けで掲載された記事の書出しです。 因みに、見出しは「日本の為替介入の可能性は低い─個人投資家の影響で」となっています。
日経新聞等も含め、最近、「外国為替証拠金取引」に関連した記事が多数掲載されるようになってきていることにお気付きの方も多いと思います。
先日(7月12日付けの日経新聞)も「ミセス・ワタナベ、今度はユーロ買い─欧州いずれ沈静」と題して、「外国為替証拠金(FX)取引では、ユーロ買い・円売りの比率が急速に高まっている。 「ミセス・ワタナベ」の通称で知られる日本の個人投資家は、ユーロ急落に買い向かっている。」
「前週には50%を下回るユーロの売り越しの状況が続いていたが、急速に値下がりするユーロをみて、(ギリシャの債務不安がイタリアなどに波及しているものの、いずれは沈静化しユーロは反発に向かうとの根強い期待を背景に)値ごろ感から大幅な買い越しに転じている。」との記事が掲載されました。
さて、ウォール・ストリート・ジャーナルの記事は続きます・・・。
「介入で円高に歯止めをかけたい日本政府当局にとって、個人投資家の膨大なドル保有は潜在的な問題である。 個人投資家が利益確定のため円買い戻しの動きを見せる可能性が高いとみられるためだ。」
遺憾ながら、この文面は読者をミス・リードする危険性をはらんでいます。
東京金融取所の公表データによれば、7月14日日のドル買い残は40万4536枚と、同取引所が2006年6月に日報を開始して以来、最大の建て玉を記録したことは事実で、個人投資家が巨額のドル買い円売りポジションを保有していることを確認できます。
しかし、政府・日銀は「ミセス・ワタナベ」をそんなに恐れているのか・・・?
全く「ナンセンスな質問」でしょう。
個人であれ法人であれ、プロであれアマであれ、相場の世界に身を投じる者は、常に利益の獲得を追い求めているのです。 記事中の「個人投資家が利益確定のための円買戻しの動きを見せる・・・。」・・・当然の行動です。
仮に、それらの投資家が相場に入るチャンスが一度しかないとすれば、政府・日銀がせっかくドル買い円売り介入を行ったとしても、彼らの利喰いのためのドル売り円買い需要によって、相場の需給が均衡してしまえば、介入の効果が減殺されてしまうこともあり得ます。
しかし、これは現実的な姿ではありません。
何故なら、投資家は何度でも相場に入り売買を繰り返すことができるからです。
ドル買い介入を期待していた投資家は、政府・日銀のドル買い上げによって利益を実現できたとします。 果たしてその投資家はその後どの様な行動を取るでしょうか・・・。
一般的には、次ぎのチャンスを狙って、ドルが緩むタイミングを待ちます。 そして、期待通りにドル円相場が下がってくれば、介入が相場を押し上げてくれることに期待して、再びドル買い円売りのポジションを創出して行くことになります。
では、逆に投資家が介入を期待して相場に臨んでいたものの、期待したタイミングでの介入が実施されなかった場合はどうでしょうか・・・。
記憶に新しい方も多いと思われますが、東日本大震災の勃発から間もなく(3月17日)の早朝、ドル円相場は極めて薄商いの中、76円25銭を示現しました。
これは、個人投資家の外国為替証拠金取引に絡んだロス・カット・オーダーの約定によるものとされており、下げ幅を増幅させてしまった等と言われています。
加えて、相場に身を置く者が決して外してはならない鉄則はと言うと・・・。
「利喰い千人力」を肝に命じた行動です。 「腹八文目」であったとしても、また「頭と尻尾はくれてやった」としても、「利益の蓄積」こそが全てなのです。
では、これを前述に当てはめてみましょう。
介入を期待して創ったドル買い円売りポジションが、予想通りのドル買い介入の実施により一定の利益を実現できたとすると、その投資家はドルが再度下落した局面でもう一度ドル買いポジションをはって行きます。
この時、手元には実現益があるため、この度の介入が想定よりも円高局面で実施されたとしても、精神的な余裕を持って相場と向き合うことが可能となります。
一方、当初の介入が期待通りには行われず、ロス・カットを余儀なくされた場合は、手元には実現損失が存在してしまいます。 懐具合にもよりますが、一般的には従来以上に慎重にポジションを創って行くことになります。
具体的には、これまでの半分程度のサイズに抑えることやストップ・ロス・オーダーをよりタイトなレベルに設定すること等が行われます。
さて、期待通り、次回の介入が実施されたとすれば、利益を獲得することはできますが、サイズの圧縮分だけそれは小さくなることになります。
また、今回も期待に反し介入が実施されなかった場合はと言うと、また損失を膨らませてしまうことになり、場合によっては市場から撤退してしまうこともあり得ます。
これらから、次ぎのことが推測されるでしょう。
◎ 相場で利益を獲得できた投資家が多ければ多いほど、それらの投資家が再び市場に参入する確率は高く、市場の厚みが増す分だけ相場の振幅幅が狭くなると共に、プライス・アクションも緩やかとなり易い。
◎ 一方で、損失等による市場からの退出者が増えれば増えるほど、唐突な相場の上下や一方向への偏在等、エラティックな相場変動をもたらす可能性が高まる。
では、もう一度、冒頭の記事を見てみましょう。
投資家は政府・日銀によるドル買い円売り介入を期待して待っています。 過去からの建て玉推移を検証すると、大半の投資家は80円割れでポジションを創出したことが分かります。
仮に、ここで介入が実施され相場を80円以上に押し上げた場合、多くの投資家は利益確定のためのドル売りに動くでしょう。 その後、相場が再び80円を下回ってくる局面を待ち、想定通りとなれば再びドル買いに出動するものと思われます。
従って、介入で相場が一方的に押し上がらなかった場合でも、下値では実現益を携えた投資家がドル買いで待ち構えているのため、一定水準に達すると相場の下落が緩やかになるような「サーキット・ブレイカー」としての機能が働くことになります。
政府・日銀は、FX取引に係る建て玉のサイズや積み上がり方の背景や速度等には相応の注意を払っているものと思われますが、「ミセス・ワタナベ」が怖くて介入ができない等ということはありえないことなのです。
現政府・日銀が、「市場参加者と真摯に向き合わない」こと、即ち市場参加者との十分な対話を行おうとする意思を欠いていることこそが、最大の問題点なのです。
〈ご参考〉
The Wall Street Journal, Article
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